霧芯館修行
KJ法は、コパイロツトのKMOおよびナレッジラボチームで取り上げた古典シリーズの1つであり、巷で良く活用されているが誰も原典を参照していないものを取り上げて、その源流を追おうとした取り組みである。川喜田二郎の義娘である川喜田晶子氏に師事し、京都の「川喜田研究所(霧芯館)」で2日間KJ法を体験しながら学習するというサイクルを2度回した。
KJ法は、18F(米国政府機関)が人間中心設計のツール集として紹介される中でも、堂々とオリジナルとは全く異なる内容が書かれているくらい、誤解されて理解されている方法論である。単なる親和図法として言及されることが多いが、むしろ頭でっかちにアイデアや概念をラベル付けしてしまうような実践を痛烈に批判し、それに厳密に抗うために編み出されたのがKJ法なのである。
川喜田二郎が警鐘を鳴らした「アテハメ主義」は、既成の枠組みにあてはめて理解した気になる態度であり、そこには対象そのものへの感受性が決定的に欠けている。彼が「現代への危機」とまで語ったのは、この思考様式が社会全体に浸透し、創造の可能性を奪ってしまう構造があるからだ。当時、形式知偏重だったKMOには新鮮な驚きとして受け止められたほか、この直後の「野中ショック」と相まって、主観の再評価、ひいては相対主義への傾倒へと繋がっていった。
この「アテハメ」は、プロジェクトにとって最大の敵でもある。計画や経験に固執し、目の前の現象を「知っているつもり」で処理してしまえば、創造的な飛躍は起こりえないどころか、既存の判断軸で潰されてしまう。逆に、出力物や出来事に素直に応答し、そこから問いを立ち上げる態度があってこそ、学びが立ち上がりプロジェクト独自の論理が生じてくる。川喜田が提唱したのは、まさにこの態度の訓練だった。図解やグルーピングの技法以上に、出力された断片をじっと見つめ、「語らせる」時間と空間の設計にその本質があるのである。彼の「土の香りがするか?」という問いかけは、その精神を象徴するものでもある。正しい抽象化は、完結にまとめながらも、その本質を掴むことで情報を保っている。これは巷で「ロジカル」と言う場合よりも、大きく身体知や感覚に訴えかけている必要性を提唱している。
こうした思想は、「出力的転回」や「チーム的転回」にも影響を与えている。すなわち、プロジェクトを論理的に構成するのではなく、出力を起点としてそこに反応しながら、感覚と思考の往復の中で構造を立ち上げていく態度だ。KJ法との出会いは、私たちがいかに「感じながら考えるか」、そして「思考がいかに感情や場とともに編まれるか」を身体化する契機となった。これは新しい物質主義(new materialism)や、感応的(responsive)な知の生成観とも重なり合う視座を提供している。